スラバヤ到着

バスの中では終始警戒を続けていた。

神経を研ぎ澄ませ、隣りの乗客にはもちろん、周囲の乗客の一挙一動に目を光らせていた。

 

常に財布は大丈夫か、荷物に手を伸ばすものはいないか…

しかし、私のそんな不安はよそに、意外にも周りの乗客は親切だった。

休憩時のアナウンスが流れると、インドネシア語がわからない私に拙い英語で教えてくれたり、レストランではなにを頼めばいいかわからない私の代わりに選んでくれたり、席ではお菓子をくれたり…

案外、みんないい奴らかもしれない。

 

そんな中、ウトウトと幾度か眠りながらバスは夜中走り続け、予定よりも早く目的地のスラバヤに着いた。

隣の青年が到着を知らせてくれる。

時刻はまだ暗い朝の4時。

 

バックパックを抱きかかえて外に出ると、予想以上の客引きが待ち構えていた。

バリでも日常茶飯事の光景だが、圧倒的数が多い。

こんな明け方にも関わらず、客を待ち続けなければならないほど仕事は厳しいのだろうか。

 

周りを見ると、バスの乗客はそれぞれ迎えが来ていたり、早速タクシーと交渉をはじめたり、早々と散り散りとなっている。

 

私もできれば早くベッドで眠りたい。

とりあえず、私をひつこくマークしている客引きと交渉を始めた。

意外にも客引きがすすめてきたホテルは、私が事前に行こうと調べていたホテルと一致した。

 

おそらく旅行者には人気なことを知っているのだろう。

料金は少し高い気はしたが、深夜料金と割り切り、交渉成立。

 

着いたホテルはバス停から歩けなくもない距離にあり、料金のことが頭にチラついたが、この知らない街で、しかも夜中ということを考えると納得できた。

 

荷物を車から下ろし、宿に入ろうとすると…開いてない。

ドアが閉まっている。

マジか!こんなところで、一人にされても…と泣きべそをかきそうになっていると、見かねたタクシーの運転手が降りてきた。

 

すると、ドアを思いっきり叩き、大声で叫ぶ。

おそらく、客だぞー!あけろー!と、叫んでくれているのであろう。

チャイムのようなものはないので、こうするしか方法はないとはいえ、朝の4時過ぎだ。

 

日本であれば当然躊躇われる行為だが、運転手は臆することなく、私のためにドアを叩き続け、叫び続ける。

内心、「もっと叩けー!」とさえ、思ってしまった。

 

そうする内に灯りがつき、叩き起こされた受け付けらしき若者が降りてきた。

運転手は一言彼に何かを言い、礼を言う間もなく、早々と去って行った。

よくある事なのだろうか。

とはいえ、宿の扉が開いた事にかなり安堵した。

早速、泊まりたい旨を受付に伝えると、若者は拙い英語で、眠たそうに私に告げる。

「オープンは6時からなんだ」

 

…!!

すぐにでも横になりたかったが、仕方なく、それまではソファーを使わせてもらうことに。

外に放り出されているよりかは、どれほどありがたいか。

 

横になりながら、目をつむっていると、いきなりすごい大音量の声が聞こえてきた。

歌でもなく、なにか祈りのような、独特のリズムでその声が響き渡る。

得体の知れないその声に畏怖さえ覚えた。

 

実はこれは「アザーン」という、祈りの時間を知らせるものである。

一日に五回、礼拝の時間になると、街のどこにいても聞こえるように、各地でこのアザーンが流れる。

イスラム教の国では、これが日常だ。

夜明けとともに、まずその一回目が流れてくる。

 

私が住んでいた街では夕方17時になるとともに、「夕焼けこやけ」が街のスピーカーから流れていた。

 

慣れてくれば、同じようなものと感じる。

 

しかしながら、アザーンを初めて聞いた時は得体の知れない不安に襲われ、未知の世界に恐怖を感じたのであった。

 

 

ジャワ島へ

そろそろ出発の時が来た。

インドネシアに居れる滞在期間は1ヶ月。

通常の観光ビザではこの期間のみ滞在が許されている。

 

トマさんや、リンさん、そしてジョニーや宿の従業員員ともすっかり仲良くなっていた。

居心地のとても良いこの宿だが、インドネシアを北上し、マレーシアへの入国を考えている私にとっては、そろそろ重い腰を上げる時期に来た。

 

最後の一日は思う存分、この宿でゆっくり過ごした。

みんなで他愛もない話をしたり、何度も歩いたウブドの街をぶらぶら歩いたり。

お気に入りのカフェでライステラスを眺めながらコーヒーを飲んだり。

 

5年前に来たときの騙されて辛かった思い出や、短い間だったけど、今回のバリ島の思い出がゆらゆらと心地よい記憶となって頭の中を流れていく。

 

ここにもっと居たい気持ちが残っていたのは間違いないけれど、旅は始まったばかりということを思い出す。

まだまだ道のりは長い。

先に進んでいかなければと、自分の心に言い聞かせる。

 

次の日の朝、宿のみんな、トマさんやリンさんに見送ってもらい出発をした。

ハグをしたり、お別れの言葉でお互いを労いながら。

またいつか会うことを約束して、少し自分の気持ちを楽にしながら。

 

ジャワ島へ向かうバス停までは、ナイスガイ、ジョニーが送ってくれる。

今では当たり前のように一緒にいた彼ともこれが最後のドライブになる。

 

バスはバリの州都でもあるデンパサールから出発する。

当初は島であるバリからどうやってジャワ島にバスで行くのか気になっていたが、どうやらここからバスごと船に乗り込み、海峡を越えジャワ島に渡るのだ。

 

ラクションと乗客の呼び込みの声が響きあい、ホコリと排気ガスで空気に色がついているバスターミナルは、すさまじい活気にあふれている。

 

多くのバスがひしめき合い、ジョニーがいなければどのバスに乗るのか全くわからなかっただろう。

ジョニーが先導し、多くの人をかき分けて、私を目的のバスまで連れて行ってくれる。

 

何が書いてあるかわからないチケットを呼び込みを行っている受付担当に渡し、担いでいる荷物を預けようとする。

 

すかさずジョニーが、

「ヒュミ、それはダメだ!荷物はバスの中に持ち込んで、肌身離さず持ってるんだ!」

そう言って、私のバックパックをギュッと押しつけた。

 

けっこうデカいねんけど、俺の荷物…

これ持ってバス乗んの??

と、一瞬思ったが、

 

「ここからは、本当に注意した方がいい。バリとは違って治安も悪くなる。

盗みや、スリは日常茶飯事だからな!

そうそう、財布はズボンの後ろにはいれるな!」

 

ジョニーにそう忠告され、身が引き締まる思いに。なんか急に不安になってきた。

 

そんなジョニーも乗客の波で見えなくなってくる。

 

「じゃあな!元気でな!ジョニー!ありがとう!」

「いい旅を!グッドラック!!」

 

互いに最後の挨拶を交わしたあと、乗客が全員揃ったバスは人混みの中を盛大にクラクションを鳴らし出発した。

チラリと手を振ってるジョニーが見えた。

最高にありがとう。

 

街中を走るバスと違って、意外にも中は快適だった。

シートも広く、リクライニングもついていて、エアコンも完備されている。

しかし、私の隣に座った男がやけに図体がでかく、常に腕が密着する。

そして、やはりバッグパックが邪魔だ。

 

とはいえ、ここからはかなり気をつけて行かなければならない。

バリではすっかり平和ボケしてしまっている。

 

周りを見渡すと、旅行者は私ひとり。

乗客は全員がインドネシア人のようだ。

 

急に寂しくなってきた。

不安になってきた。

ウブドのみんなが頭に浮かぶ。

 

そんな不安が顔に出ないよう、窓を眺めながら財布をしっかりと確認し、後ろポケットから前ポケットに入れ直す。

そうこうしているうちに、バスは海峡を渡る船に乗り込んでいった。

 

 

ウブドツアー②

壮大な経験のあと、いざ立ち去ろうとすると、お布施を払う事に。

正直、「また金か?」と思ってしまった。

その前にも5000ルピー払っている。これでは足りないのか?とひとりごちていると、トマさんが「地元の人ならそれでいいんだろうけど…」と。

たしかに、そうだなと思った。

 

私たちは異国の土地から来た異教徒。

そんな人間が自分の一生を捧げてる土地に観光気分でやってきて、あれこれ見て回っているのに、少しのお布施をケチるようでは神様にも笑われる気がした。

自分の食べるものまで削って信仰している人達にとってみれば、私の考えなど甚だ卑しい。

自分の小ささを痛感した瞬間である。

 

寺院を出たあとは、ライステラスと呼ばれる有名な風景、棚田を眺める。

これぞバリという感じのイメージがある光景だ。日が沈む夕暮れ時のこの風景は、どことなくホッとする懐かしい気持ちにもなる。

 

そしてツアーも終盤、最後は夕食を食べにレストランへ向かう。

泊まってる宿のオーナーが経営してるらしく、雰囲気も抜群にいい。

屋外に広がる自然の中、ライトアップされたテーブル。

 

そして、うまい。インドネシアの料理は総じてうまい。

代表的な食べ物はミゴレンや、ナシゴレン、鳥の揚げたアヤム、やきとり風サテ、豚肉料理のバビグリンなど…めちゃくちゃうまい。

 

ビールもガンガンあけつつ、トマさんリンさんと楽しく話をしながら、最高の夕食を味わう。

 

そして、辺りが静まったところで、ケチャダンスが始まった。

ケチャダンスとは上半身裸の男性たちが、何十人もの集まりで、独特の掛け声を発しながら展開するバリ舞踏のひとつ。

 

ケチャケチャケチャケチャケチャケチャケチャという、言葉で刻まれるリズム。

ラーマヤーナと呼ばれる、インドの古典叙事詩を基に構成されるストーリーだが、言葉は分からずとも体の動きだけで内容もわかり、見ていて飽きない。

 

火を囲みながら踊り続ける人々、熱気がこちらまで伝わり、臨場感もすごい。

ケチャ!ケチャ!

これしか言ってないが、すっかり引き込まれて見入ってしまった。

 

バリのこうした伝統芸能は、ガムランや踊り、色々と多彩だが、どれもそれぞれ独自の文化が色濃く反映されてて、観ていてとてもおもしろい。

 

最後は宿の客人でもある私たちに親切なママさんからのデザートサービス。

めちゃくちゃ可愛いバリのウェイトレスと写真を撮ってもらい、帰路についた。

 

今日一日、色々楽しめて、学びもあった最高のツアーになった。

終始お世話になったナイスガイのジョニーにお礼を行って宿に戻る。

ゆっくりと気持ちよく眠れそうだ。

 

 

 

ウブドツアー①

ゆっくりした日々を過ごす毎日。

ぷらぷらと地元の食堂に入り、箸もスプーンも出てこない店で、現地の人と同様手でご飯を食べたり。

こういうガイドブックに載らないような、直にその国の文化を味わえる瞬間はとても楽しい。

 

なかなか腰の上がらなくなるような居心地のいいウブド

 

今日はそんなウブドを満喫する、以前から楽しみにしていた周辺を巡るツアーに、トマさん、リンさんと参加した。

宿の従業員でもあるナイスガイ、ジョニーが今回ツアーのアテンド役だ。

彼の運転する四駆の車に乗り、出発。

 

まず初めに訪れたのはゴアガジャという、ヒンドゥー教の神様が祀られている洞窟へ。

ここも神聖とされる場所で、以前祭りに参加した時のように入場するには正装が求められる。

 

入り口でサロンと呼ばれる腰巻きを巻いて、なんとなくそれっぽい雰囲気に。

各所で供えられてるものも、豚肉やもち米といったいつもより豪華な物が置かれてある。

 

今はちょうどお祭りの時期ということもあり、周りでは多くの人が準備に追われている。

 

その後はぺジョンの月という遺跡へ。

あんまりピンと来なかったが、さぞかし古い歴史があるのだろう。

 

そして聖なる水が湧き出ていると言われるティルタエンプル寺院へ。

ティルタは水を、エンプルは聖なるを意味する言葉。

人々が皆その湧き出る聖水を浴びながら、沐浴をし、体を清めている光景。

寺院内はガムランの演奏が行われて、雰囲気もお祭りのよう。

しかし神聖な雰囲気は私のような旅行者にも十分感じられ、熱心な信者のみが訪れることができる崇高な感じがした。

日本ではなかなか見ることのできない、宗教感を間近に見て、気が引き締まる。

 

そのあとは、おそらく他の日本人から入れ知恵が入ったのであろう、ジョニーが口に出すたびにウケを狙ってくる、キンタマーニへ。

 

高原に当たる場所だが、名前とは想像つかないぐらい、景色が素晴らしい。

 

遠くに広がる田園風景、大きな湖、ここの景色はバリ島屈指の観光スポットにもなっている。

ここのレストランで昼食をとりながら休憩。

インドネシア料理をみんなで食べたが、最高にうまい。

涼しい気候も重なって、とても気持ちがいい。

ゆっくり休んだ後は、しばらくドライブを続け、ブサキ寺院に到着。

ここはバリヒンドゥーの総本山ともされている神聖な場所。

バリの数ある寺院の中でも、最も大きく、遠くにそびえ立つ数々のメルと呼ばれる塔が立ち並ぶ。

予想以上の素晴らしさがあった。

とても自分の表現力では表せないほど、肌に荘厳さが伝わり、古来からの神秘的な雰囲気を感じる。

日本では考えられないが、自分の信じる神様の為に、土地を売り、食物を捧げ、身を捧げる。

バリヒンドゥー教の偉大さを改めて感じた。

 

そしてこの寺院入場に伴って雇ったジョニーとは別の専門ガイドに倣い、私たちもお祈りをする事に。

それぞれに渡されたお供えの花が私だけ汚く、なんでやねんとついツッコんでしまった。

 

そこは気にせず、教えられるがままお祈りを始めると、体から何か抜けるような、不思議な気分になった。

何か深いものを感じた。他の祈ってる人は何を祈ってるのだろう、神はそれに対して何を与えてくれるのか?

色々な疑問が頭を駆け巡る中、宇宙の神秘さが、胸の中に広がった。

本当に一瞬だけだったけれど、バリヒンドゥーの神様の存在を感じ、挨拶ができた一瞬だった。

バリヒンドゥー

モンキーフォレストから帰った後は、トマさんたちに誘われ、地元のお祭りに行くことに。

 

観光客でも立ち入る際には正装が必要らしく、宿の従業員イルに手伝ってもらいながら、民族衣装の着付けを行う。

内心、「こんなやる必要ある?」と面倒な作業に悪態をつきたくなっていたが、いざ準備が整い会場へ向かうと、地元の人、周りの人は全てばっちり正装していた。

 

小さな子から、お年寄りまで、みんなが集まっており、厳かな雰囲気の中、観光客向けのイベントの要素は全くなく、ローカル色が濃い。

 

外国人というだけでも相当浮いている。

みんなが好奇の目で見ているが、正装していたことによって不思議とこの場に馴染めている。

これは私服なんか着てきた日には入場することすら許されないなと、自分の甘さに反省。

 

周りではインドネシアの民族楽器、ガムランの演奏が行われ、それに合わせて踊ったり、礼拝している人、それぞれが思い思いに過ごしていた。

実はトマさんはガムランの演奏者。

ガムランに魅せられて、ここバリに来ている。

目の前で奏でられるガムランの心地いい音色は、日本では聞き慣れないが、哀愁が漂い、どこか懐かしさも感じる。

心地よさを感じながら、トマさん、リンさんとただ耳を傾ける。

 

外は雨が本降りになってきた。

降りしきる雨の音色、ガムランの音が、とても神秘的だ。

 

雨宿りをしていると、地元の人が一緒に礼拝をしようと声をかけてくれた。

と言っても英語は話すことが出来ず、身振り手振りでおそらくそのようなお誘いをしてくれてると推測する。

教えられるまま、聖水のような水を振りかけられ、そして飲み、お香を焚いて、花びらを持ちながらお祈りする。

お供えものであろう、米粒を額や首につけて、改めて礼拝する。

 

本当はバリ観光で有名なケチャダンスを見に行こうか迷っていた。

しかし、ここへ来ることにして良かったと思う。ツアーじゃ味わえない、とてもレアな経験だ。

 

いつもはうるさいバリ人だが、やはり自分の信仰してる神様の前では、真剣そのものだ。

 

そもそもインドネシアイスラム教の信者数が世界一多い。

しかし、このバリだけはヒンドゥー教から派生したバリヒンドゥーと呼ばれる独特な宗教が普及されていて、この信者がバリ島の90%を占める。

 

無宗教の私には、なかなか理解し難い事も多い。

中でも「ニュピ」という日には、バリ島の人々は一切の活動が制限され、私たち観光客でも外に出ることは許されない。

悪霊が去るのを瞑想してただただ待つのだ。

全ての営業が禁止され、島の電気は全て消し、飛行機すら発着しない。

そんな日があると聞いた時は理解もできなかったが、今は何となく、少しだけ、深さが伝わる。

実際に信者の方と礼拝をすると、バリヒンドゥーの神々しさを感じる。

心の拠り所が必要などと、安易な考えでモノを言うのも憚れる。

それでも、多くの人が信仰するのも少しわかる気がした。

 

街を歩くとそこら中で見かける「チャナン」と呼ばれるお供えもの。

うっかり踏みそうになる事もしばしばだが、ひとつひとつに想いがこもってると思うとなんだかとても素晴らしい。

 

結局、なんの祭りだったのかはよくわからないままだったが、自分の中ではとてもエキサイティングで、興奮した1日だった。

 

 

 

 

 

ウブドの日々

ウブドに来てからというもの、時間の流れがとてもゆっくりだ。

昼間は特に出かけるでもなく、トマさん、リンさん、ジュンくんとブラブラ街を歩き、飯を食べ、宿に帰れば優しい従業員の人たちと拙い会話ながらもコミュニケーションをとり、一つの単語で意思疎通を図り合い、「へー」とか、「なるほど!」とか、自分なりに解釈をしながら、会話を楽しむ。

そして、夜になれば連れ立って夕飯に出かけ、軽くお酒も挟みながら、昼間より濃い話に花を咲かせる。

何もないが新鮮。

とても居心地がいいのだ。

ふとある日の夜、宿に帰ると従業員の眉毛(名前忘れたがやたらと眉毛が太かったのを覚えている)に、自宅で飲もうぜと誘われた。

せっかくの機会なので、ジュンくんと2人でお邪魔することに。

向かった家は、江戸時代でいう土間みたいなところで地面は土のまま。普段私達が泊まっている宿と比べると、お世辞にも「いい家だねー!」とは言えるような所ではない。

しかし、バリ人の素の生活が垣間見れて、文化の違いを知る事ができた。

彼らは時折ひつこくて、時間にはとてもルーズだが、何よりフレンドリーだ。

自分の働いてる場所に泊まってるからというだけで、自宅に招くような事など、私には考えつくだろうか?

おそらく、そんなホスピタリティは持ち合わせていない。ましてや、こんな汚いところに誰が人を呼ぼうと思うだろうか。私とは大きく違った眉毛の心の広さが身に染みる。

そこらへんにある適当な石に腰かけて、出してくれたバリ産の焼酎のようなものを頂く。

泡盛のような感じだが、比べようのない味である。アルコール度は間違いなく高い。

酒の力で楽しい場になるかと思ったが、眉毛はアクセントが強く、何言ってるのかわからない。

ジュンくんと「なんてゆーてんの?」「いや、わからないです」のやり取りを繰り返しながら、愛想笑いでごまかす。

眉毛も酔っているのだろう、話が長い。さらには近所の友達まで集まってくる始末。終始賑やかな雰囲気ではあったし、こういう場に連れてきてもらった事は非常にありがたいが、正直早く帰りたかった。

 

そんな感じでウブドの日々は過ぎていった。

マーケットはすごい熱気でバリの人達の生活を肌で感じることができた。

ふと、横道にそれると、田園が広がる素朴な風景が広がっていて、言葉ではなかなか表現できない楽しさや感動がそこら中に散らばっていた。

時折立ち寄るカフェでは、バリ特有のコーヒー。

下にコンデンスミルクがたまっている、かなり甘い飲み物だが、それもこのジトっとした暑さの下ではちょうどいい。

土産物では店員をひやかしながら、どこにでも売っているバリ産の布や彫り物を何度も見て回る。

こんな毎日がいいのだ。何もないがとてもワクワクする。

 

ある日にはみんなでバイクを借り、猿がたくさん住んでいるモンキーフォレストへにも出かけた。

外国では国際運転免許証があれば、その国の法律に準じて運転することができる。

ここウブドではそんなもんはなくても、簡単に貸してくれるだろうが。

 

100ccほどの原付に乗り、ジュンくん、トマさん、リンさんと一緒に出かける。舗装もされていない、ルールもないような公道だが、それなりに伴うスリルの中、バイクで走るだけでも楽しい。外国で運転している!そんな小さな光悦感も味わいながら。

 

向かったモンキーフォレストは、その名の通り猿ばかりだった。

とにかく猿がたくさん。

木の上から隙あらば荷物を盗もうというような視線が恐ろしい。

緑の中の散歩は気持ち良かったが、動物たちが主権を握っているこの場所では、私のようなビビりは落ち着かない。

ひとときの時間をみんなで過ごして、安心の宿に戻るのであった。

 

 

ウブドへ

蚊が出てイラついたけど、久々のシングルはとても快適だ。気持ちよく寝れた。

パリのホテルは、朝食付きなのも魅力。フルーツ沢山の朝食を食べて、昨日古本屋で買った地球の歩き方を見ながら、今後の予定を考える。

クタにこのままいるか、ウブドに行くか…

インドネシアの観光ビザの有効期限は1ヶ月。

この期間中に出国しなければいけない。

今後の移動を考えると、バリ島では大体2週間ほどの滞在を予定していた。

それをクタにするか、ウブドにするか迷っているのである。

前回訪れた時、ウブドにはツアーで少し立ち寄ったが、その時の風景、素朴な雰囲気の街がとても印象的だったのだ。

しかし、このクタの騒々しさも悪くない。

物乞いや客引きなど、うっとおしさはあるが、

色々と物も揃っていて、行動しやすいのは魅力的だ。

あれこれ迷ってはいたが、とりあえずクタを散策しながら考え歩く。

ふと、前回泊まったホテルにまでたどり着いた。

私の中では良き出会いに恵まれ、さまざまな思い出のあるホテルである。

少し覗いてみて、良ければこっちに移動してみようかと考え、部屋を見せてもらうも、…ん?

なんか、雰囲気ちゃうなぁ…と感じてしまった。

なんか暗い感じもする。思い出は美化されているのか。

ここにはなんか泊まりたくない気がした。

そして、クタビーチへ向かい、しばらく歩くがやはりウザい。いい奴もおるけど、ひつこいからめんどくさい。客引き、物乞い。

 

賑やかなクタビーチの物売りを冷やかしながら歩く。ここの雰囲気は昔と変わらない気がした。欲望、熱量、色んなものが渦巻きながらも素朴な感じもあり、夕暮れ時は全てが一瞬リセットされるような。

 

とりあえず宿に帰ると、今日来たばかりのコータ君と知り合う。

 

アジアを数カ国旅してるらしく、色々と話を聞くことができた。

これから行くことになるであろう、タイや、マレーシアの情報など聞けたのは有意義だったが、理屈っぽくて自分の話が長い。

気の合う人なら、このまましばらくクタの選択肢もありだったが…決めた。明日ウブドに行こう。

 

朝、チェックアウトの時には10人近い日本のサーファー達が群れだってチェックインを始めていた。

否定する気はないけど、一緒にいたくないと思った。ウブドに決めて正解。

 

シャトルバスのチケットを買い、ウブドへ。

日本の教習所の送迎バスぐらいの大きさ。

車内はギュウギュウで、暑い。

道もかなり混んでいて、砂埃が舞い、クラクションが鳴らされる。

こんな移動になぜか1人興奮している。

すごく楽しくてワクワクする。窓から流れる風景を眺めながら、旅の雰囲気を味わいながら。

 

ウブドへはそこまで遠くない。

到着したターミナルでは、いつものように客引きもいたけれど、クタとは違ってとても穏やかな雰囲気だ。

目星をつけていたホテルへ、適当に交渉してバイクで送ってもらう。

 

ホテルは中庭があり、南国の雰囲気満点のキレイで清潔感溢れるホテル。従業員も優しく、これで一泊1000円もしなかったと記憶している。

部屋は天蓋がベッドについてるような、豪華なシングルで、即決した。

 

そして、すぐに泊まっている、トマさん、リンさんと知り合う。

少し遅れて、ジュン君というのも現れた。

どうやら、トマさん、リンさんはカップルで、ジュンくんは学生の旅行中。

たまたま日本人がこのように巡り会ったわけだが、もちろん全て偶然の出会いだ。

楽しそうな予感もする。

しかも、このトマさんとは10年経った後も会うことになるのだった…。